才能がある人は感じている世界
個人的な事なのですが、この人にはどう足掻いてもかなわいと、思う方とお会いいたしますと何が違うのだろうと考えてしまう事はございませんか?
頭が良いとか、運があると片付けてしまえば簡単なのかも知れませんが、ここにはいくつかのキーワードがあると思っています。
勉強が出来る出来ない、運動が出来る出来ないは、遺伝と微差が大差になる事を良く理解している人なので、難しいとは思いません。
簡単に言えば、諦めて趣味にするか、遺伝が関係ない所までやり続けるかなので、諦める事が出来ないで執着し無ければ良いので。
では、ここで言います頭が良いとはになりますが、秀でた才能を持っているか持っていないかで、ここは幼少期の教育(遅くても10歳までで決まる)ということです。
秀でた才能をお持ちの方は、情報量が違うのです。
情報を感じる能力が非常に高いと言うことです。
情報収集処理能力が違うと言うことは何か、同じ映像を見ても得る情報が格段に違うのです。
(聞こえない音が聞こえる、見えないものが見える)
同じ映像を10秒間見てもそこから得る情報が格段に違うのです。
そしてその映像を瞬時に言語化して優先順位をつけて先を読んでいく能力が非常に高いのです。
野生の感とか言うのかも知れませんが2、3秒先の未来は確実に見えているのです。
この才能を獲得するにはどうしたら良いかなのですが、幼少期の経験しか無いかと思っています。
幼少期に色々な多様性に富んだ経験をする事で、状況判断の習慣をつけて行くと効果が高いと思います。
良い例は貴族です。
自宅には多くの書物と専門の学問教育者、しかし多くの時間を割くのが遊びです。
ここで様々な状況判断を学ぶ事で見えて来るもの、感じるものが多くなるのだと思います。
話も経験に裏打ちされているので面白いし。
日本が苦手な分野です。
【例外は 虐げられた幼少期のを過ごした場合、折檻教育をされた場合もどうこの場を取り繕うかの判断に敏なのでこの感覚は鍛えらると思いますが、才能が野蛮な方向に向かう事も多いのでリスクが高いです。 】
野生下の動物もここを多く学んだ動物が生きていけるのです。
人間も幼少期に様々な体験をして学ぶと秀でた才能に恵まれやすくなりますよね。
その上でも大切なゴールデンウィークの期間が奪われるので、オリンピックは誰のためと本気で思います。
子供達の目標とか夢を、選手が言うならその根底の健康と命を守るべき、オリンピックの前に子供の運動会ですよ。
誰か1人でも自分のためと言えば良いのに非常に残念。
出れないのは歴史を知らないから、知らないで出たい開催したいでは「なんのため」か、考えて欲しい。